構造の問題。

医学は科学ではない 米山公啓
禁忌の薬が有効に変わるとき


病気そのものは時代を経て変わるものではない。しかし、治療の方法は変わることがある。
私が医師国家試験を受けた20数年以上前には、心筋梗塞のとき血管拡張薬を使用することは禁忌とされた。しかし、今では積極的に使用されている。
脳梗塞のとき、血圧が脳の血液循環を保つために上昇することが多いが、これも血圧を下げるのは脳に血液がいかなくなるという理由で、血圧をさげるのは禁忌とされていた。しかし、これもいまはむしろ適度に下げるようになった。

なぜ薬の治療がまったく逆になってしまうのだろうか。
それはもちろんさまざまな研究が進歩しなければ、わからなかったということだけではない。
昔から行なわれていること、先輩の意見、さらには医学の教科書を信じないことには、医学は行なえないからである。
ほかに治療方法がない、という場合、古くから行なわれている治療を続けるしかないのだ。そこで「如何してこんな効かない薬を使っているのか」という疑問をもつことは少ない。
だからいったん治療の方法が決まってしまうと、それに疑問をもって検討することが少なくなってしまう。


さらに前述したように、その治療方法を決めているのが学会であったり、権威者であったりすれば、それを覆すには非常に時間がかかり、数10年かかることは決して珍しいことではない。
ましてや、副作用と見られていたものが人間に有効な効き方をすることがわかるというふうに、従来の治療方法が覆るときには鋭い観察力も必要になる。使用禁止の薬が、実はその病気には有効であったということを証明することは簡単なことではない。
そんな大きな治療の転換が、日本の医学会から発表されろことは稀であり、ほとんど不可能なのだ。

前述したように研究者の多くは組織と教授の下でかなり縛られた状況に置かれているからである。
日本の臨床研究を進歩させるなら、研究環境はもちろんだが、システムそのものを見直す必要があり、医者を管理する医局を解体して、自由に研究が行なえるようにしない限り、医者が科学的な視点で自由に判断することはできない。
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Commented by sansetu at 2005-12-27 10:58
>ほとんど不可能なのだ。

がっくりくる気の重い話ですね。
この文章は本からですか。
Commented by c-dunk at 2005-12-27 11:56
本からです。自分も教科書に縛られていました、なんで何も考えず治療をしていたのか、自分でも不思議です。柔軟な考えの研究者の登場に期待!
by c-dunk | 2005-12-27 10:28 | Comments(2)

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